"うな"ちゃんと僕の3日間
     むかがた ちおん 著

目次

1週間前
1日目
2日目
3日目


1週間前
  まだ、暑い日が続く、9月の初旬のある日、
 食料を買おうと商店街の方に向かって歩いていた。

 「よう、"むる"」と声がする。
  よく見ると、"かぶ" が手を挙げながら、こっちに向かってきた。

  "かぶ"は、大学の学生寮で2年間一緒に過ごした友達だ。
  今は、ふたりとも寮を出てアパート暮らしをしている。

  "かぶ"は違う駅に住んでいるが、ときどき僕たちのアパートに遊びに来る。
  僕のアパートの近くには同じ学校の友達が何人か住んでいたので、
 それぞれのアパートを行き来していた。
  気が向くと誰かのアパートに集まって、
 話をしたりトランプなどで遊んだりしている。

  「一緒に昼飯食おうぜ。」と"かぶ"、「おう。」と僕。
  駅の方に向かい、牛丼屋に入った。
  ご飯を食べながら、"かぶ"が言った。
  「今度の木曜に、"いこ"ちゃんと"うな"ちゃんが
 家に来るんだけど、"むる"も来ないか。」

  「おお、行く、行く。懐かしいな。」
  「ふたりとも東京で3泊する予定なんだ。」
  「木曜日は何時ごろ行けばいいんだ?」
  「夕方前に、適当な時間に来てくれ。」
  「わかった。」

  「ところで、3泊もするんかい。」と僕。
  「うん、いろいろ予定があるみたいよ。」と"かぶ"は言う。

  "いこ"ちゃんと"うな"ちゃんは、去年の3月に女子短大を卒業して、
 それぞれの実家に帰って暮らしている。

  ふたりとは1年生の時に合コンで知り合った。
  ふたりは学生寮に住んでいた。
  たまたま、"かぶ"の幼馴染が"いこ"ちゃんと同じ寮にいたので、
 それぞれでメンバーを10人ぐらいずつ集めて
 合コンをやることになったのだ。

  1年生の秋、2年生の春と、2回、合コンをした。

  合コンといっても、ピクニックみたいなものだった。
  1年生のときは狭山湖、2年生のときは井之頭公園で、ぶらぶらと散策した後、
 ごはんを食べるだけだった。

  それでも女の子と話ができて楽しかったし、嬉しかった。

  その後、"いこ"ちゃんと、"うな"ちゃんが卒業するまでに数回、
 何人かで街をぶらぶらしたり食事に行ったりした。

  色っぽいことは、僕には何も起きなかった。
  僕はまだ、女の子と手をつないだこともない。

  「あのさ、木曜日はふたりとも俺んちに泊まる予定なんだ。
 "むる"も泊ってくれ。」と"かぶ"。
  「本当かよ。まあ、いいけど。」僕は、すこし動揺した。

  もちろん、僕は女の子と一緒に泊るなんで初めてだ。
  ちょっとびっくりだったが、修学旅行に行くような気分だった。

  "いこ"ちゃんと"うな"ちゃんが学生の時、ときどき"かぶ"経由で街ぶらに誘われた。
  "いこ"ちゃんと"うな"ちゃんは、いつも一緒で、なぜか僕に声がかかった。
  僕が"かぶ"の友達だからだろうと思い、それ以上のことを考えることはなかった。

  ふたりとも気心が知れていたので、特に緊張もない。
  夏休みの最後に思いがけず楽しみが増えた。


1日目
  約束の木曜日、4時過ぎに"かぶ"の家に着いた。
  JR西日暮里駅から歩いて20分ぐらいのところだ。

  9月中旬でも、まだ日差しが強く、20分も歩くと、汗がにじむ。

  "かぶ"が住んでいるアパートは6畳と4畳半の2部屋とキッチンがついていた。
  いいところに住んでいる。"かぶ"の家はちょっとだけ裕福らしい。

  僕は4畳半ひと間の風呂なしの安アパートなのでちょっと羨ましかった。

  "いこ"ちゃんと、"うな"ちゃんは既に到着していた。
  「久しぶり。」とお互いに言い、挨拶した。
  ふたりとも卒業したときのままだった。
  "うな"ちゃんは、ちょっとスリムになったかな。

  "うな"ちゃんは着いたばっかりだったが、
  "いこ"ちゃんは午前中から来ていたそうだ。

  "いこ"ちゃんは群馬県の高崎に、"うな"ちゃんは愛知県の犬山に住んでいる。

  "いこ"ちゃんと"かぶ"は、いつの間にか結婚の約束をしていた。
  まだ、卒業まで1年以上あるのに、思い切ったもんだ。
  僕には想像もできない。
  僕はまだ、自分がどうしたいのかも分からなかった。

  とりあえずみんなで、ちゃぶ台を囲んでお茶を飲む。
  久しぶりにみんなに会えて僕はわくわくした。

  「"いこ"ちゃん、どうしてた。」と僕が聞く。
  "いこ"ちゃんは一見おしとやかそうだが、結構きついことも
  ずばっと言うタイプだ。
  "いこ"ちゃんは答えた。
  「実家で、料理や裁縫を覚えてるの。働いてはいないわ。」
  "うな"ちゃんが
  「わたしも、まだ働いてないの。幼稚園か保育園の先生になりたくて、
  もう1回、学校に通ってるの。」と言う。

  僕は、「へえー、学校に行きなおしてるんだ。」と少し驚いた。
  「仕事探したんだけど、今ひとつ納得できなくて。」と"うな"ちゃん。
  自分の現状を思い、僕はちょっと恥じた。

  "いこ"ちゃんが、"かぶ"と僕に向かって、
  「ふたりとも留年したわね。何やってんの。」と言った。
  「すんません。」"かぶ"と僕は口をそろえて言う。

  "いこ"ちゃんは"うな"ちゃんに目くばせした。
  "いこ"ちゃんにしてみれば、"かぶ"は結婚相手なので、
 くぎを刺しておかねば、だ。

  僕はといえば、このとき大学に入って4年目だったが、
 2年留年して、なんと、まだ2年生だった。
  なんとも情けない。

  僕がみんなに悟られないように、秘かに落ち込んでいると、
  "うな"ちゃんが「学校の授業でリズム体操ってのがあるんだけど
 手と足のリズムが違う動きなの。なかなかうまくできなくて
 すごく練習したのよ。」と言う。
  「ふーん、どんな動きなん。」と"かぶ"。

  すると"うな"ちゃんは立ち上がって、それをやって見せた。
  うまくできていたが、変てこな動きなので、みんなで大笑いした。

  "うな"ちゃんがすっきりしたのは、このリズム体操のおかげか。

  そういえば、"うな"ちゃんが2年生のとき、僕は学園祭に誘われた。
  何かのイベント会場で隣同士の席に座った時、自分の足が
 太く見えると言って、だいぶ恥ずかしそうにしてたっけ。

  僕はそのとき、どこを恥ずかしがっているのか、
 ちょっと分からなくて、なにも言わなかった。
  そのことは妙に印象に残っていて、鮮明に思い出す。

  "いこ"ちゃんが、「2年間て短かかったよね。」と言った。
  「ほんと、あっという間だったわ。」と"うな"ちゃん。
  "かぶ"が、「やっと東京に慣れたと思ったら、もう卒業だったな。」と言う。
  「でも、結構いろんなことがあったわよね。」と、"いこ"ちゃんが言い、
  みんな、大きくうなずいた。

  そのあと、しばらく思い出話で盛り上がった。

  特に印象に残っているのは、2年生の秋にこの4人で埼玉の狭山湖に
 ハイキングに行ったときのことだ。
  "いこ"ちゃんと"うな"ちゃんがお弁当を作ってきてくれていた。
  お昼を食べようと、適当な場所にシートを敷いて、お弁当を広げ、
 さあ食べようというときに、突風が吹いて粉塵が舞いあがった。
  思わず、「きゃあ」とか「わあ」とか言うほどだった。
  お弁当を見ると枯草の細かいやつがかかっていた。砂も少しかかってしまった。
  「なによ。」「なんで。」とみんながっかり。
  それでも、時間をかけて丁寧にごみを取り除き、なんとか、お弁当を食べた。

  思い出して、「あれは、ないよな。」「早起きして作ったのに。ねえー。」
  とそれぞれが言い、みんなうなずく。

  いろいろ話しているうちに、夕飯の時間になる。
  「おなかすいたね。」「腹減った。」と口々に言い、ごはんを作ることになった。

  事前に"いこ"ちゃんと"かぶ"とで話をして、食事の材料を買っておいたらしい。
  "いこ"ちゃんはエプロンを持参していて、それをつけた。
  なんか、可愛い。

  "いこ"ちゃんと"うな"ちゃんでカレーライスを作ってくれた。
  ふたりで、きゃっ、きゃっ、しながら、なんか楽しそうだ。
  そのうち、いい匂いがしてきた。
  カレーライスは、お肉たっぷりのやつだった。
  貧乏学生の僕には久々のご馳走だ。

  ちゃぶ台を囲んでカレーライスを食べる。
  "かぶ"と僕には大盛によそってくれた。
  すこぶる、うまかった。
  たくさん入っている肉をほおばりながら、肉はうめえな、と
 しみじみ感じた。

  ごはんを食べながら、僕はこないだやってしまった、自分のあほな話をした。

  成人してお酒が飲めるようになったので、大宮にいる友達の家で、酒を飲んだ。
  朝の4時頃まで飲んでしまい、5時頃の大宮始発の京浜東北線に乗った。
  ガラガラだったので座席に寝転んで寝てしまった。
  ガヤガヤする声で目が覚めると東京駅だった。
  僕の降りる駅は東十条だ。10駅以上乗り越している。
  やばいと思って、あわてて降りて反対方向の大宮行きに乗った。
  座ると、またすぐに眠ってしまった。
  はっと目を覚ますと、東十条の隣駅の王子だった。
  あとひと駅かと思っていると、電車が東十条と反対方向に動き出した。
  一瞬、頭が混乱したが、時計を見て、すぐに理解した。
  そうか時間的にも、また大宮まで行って折り返してきたのか。
  という話。

  話し終わるとすかさず"いこ"ちゃんが、「馬鹿じゃないの。」と言う。
  みんなも、あきれ顔で半笑いしている。

  「ええ、ええ、どうせ僕は馬鹿ですよ。」と言うと、
  「きゃはははは。」と"うな"ちゃんは笑った。

  明日の予定の話になった。

  "いこ"ちゃんと"かぶ"はショッピングに行く。
  「東京は久しぶりだから楽しみだわ。」と"いこ"ちゃんは嬉しそうだ。

  "うな"ちゃんは、学生時代に同僚だった"なこ"さんのアパートに泊まると言う。
  "なこ"さんは北陸出身だが、実家には戻らず神奈川県で働いているそうだ。
  僕はなんの予定もない。明日はアパートに帰るだけだ。

  "いこ"ちゃんは「"なこ"ちゃん、元気そう。」と"うな"ちゃんに聞いた。
  「うん、変わりないみたい。"いこ"ちゃんも来ればいいのに、って
  言ってたわよ。」と"うな"ちゃん。
  「そう。また今度、会いに行くわ。」と"いこ"ちゃん。

  みんな、カレーライスをおなかいっぱい食べて満足した。
  食べ終わったあと、"かぶ"が率先して食器を洗った。
  "うな"ちゃんが「わたしが洗うわよ。」と言ったが
  「いい、いい。」と"かぶ"は言って、ひとりで洗った。

  僕も見習わなくちゃな、と思う。

  食後には、トランプをした。
  ポーカーと7並べをする。
  "うな"ちゃんがつきまくりで、圧勝だ。
  "いこ"ちゃんは負けるたびに、「つまんなーい。」と、ふてくされ、
  みんなは、それを見てにやにやした。

  そうこうしているうちに夜も更けてきて、女子と男子に分かれて、
  それぞれの部屋に布団を敷いた。
  女子が6畳の、男子が4畳半の部屋にする。

  布団はふた組しかなかったが、敷布団は4枚あった。
  まだ、あったかい季節なので、上掛けは毛布一枚でも、十分だった。

  ああ、楽しみにしてた修学旅行も、もう終わりかと思いながら布団に入る。
  明日は、帰って何しようかな。


2日目
  目を覚まして、あたりを見回し、"かぶ"のアパートに泊まったことを思い出した。
  8時を過ぎていた。
  "かぶ"も同時ぐらいに起きて、身を起こした。

  部屋の仕切りのふすまは開いていて、女子ふたりは、もう着替えていた。

  布団をたたんで着替えをし、歯を磨く。

  "かぶ"はコーヒーを入れてくれた。
  コーヒー豆をハンドミルでひいてドリップでいれる本格的なやつだ。

  「うまーい。」と思わず僕は言った。
  僕も、そのうち自分でコーヒーいれてみたいなと思う。

  みんなでコーヒーを飲んでいると、"かぶ"がギターを取り出してきた。
  いつ練習したのか、"かぶ"はギターがうまい。
  "いこ"ちゃんは以前からユーミンが好きと言っていた。
  ユーミンのCDは、ほぼ全部持っているらしい。

  "かぶ"は卒業写真を伴奏し始めた。
  "いこ"ちゃんが歌いだす。いい声だ。
  僕はなんだか、うっとりとしてしまった。

  "いこ"ちゃんは、ユーミンの曲を何曲か歌ってくれた。
  僕はユーミンのCDが欲しくなった。

  11時頃になり、早めに食事することにした。
  昨日の残りのカレーライスを食べる。

  食事も終わり、そろそろ帰ることにした。
  "うな"ちゃんと"いこ"ちゃんは「また会おうね。」とお互いに言う。
  まだ、楽しい余韻を残しながら、"うな"ちゃんと僕は
  「じゃ、また。」と言って、"かぶ"のアパートをあとにした。

  自分のアパートに帰ろうと、駅まで"うな"ちゃんと一緒に歩いていた。
  すると「"なこ"のところに一緒に泊まろうよ。」と、"うな"ちゃんが言う。
  「うそでしょ。」僕はたじろいだ。
  「ねえ。」と"うな"ちゃんは僕の顔を覗き込む。

  「ひえーっ。」心の中で叫んだ。思わぬ展開。
  二日続けて女の子と一緒って信じらんない。

  しかし、だんだん落ち着いてきて、"なこ"さんも顔見知りだし、
 まあ、いいかな、という気持ちになってきた。
  「じゃあ、そうしようか。」と言うと、"うな"ちゃんはにこっと微笑んだ。

  "なこ"さんは神奈川県の鴨井に住んでいるという。JRの横浜線の駅だ。
  電車に乗る前に「連絡しなくていいの。」と僕。
  「突然行ってびっくりさせよう。」と"うな"ちゃん。
  「いいのー。」僕。
  「よい。よい。」"うな"ちゃん。
  「えー、なんだよ、それー。」と僕は心の中でつぶやいた。

  ふたりは電車に乗った。
  それほど混んでなくて、座ることができた。
  くっついて並んで座った。なんか自然だった。
  ふたりの心の距離が近くなったかな。

  ときどき、ふっと"うな"ちゃんのいい香りがして心地よかった。

  電車の中で、僕は中学のときのあほな話をした。

  全力で自転車のペダルをこいで猛スピードで広い道から細道に
 直角に曲がれるかやってみた。ど派手にこけた。
  近くの店のおばちゃんがびっくりして飛び出してきて、
 大丈夫かと様子を見に来た。

  とか、

  河原に傾斜45度ぐらいの土手があった。背の高い草が結構生えていた。
  そこを自転車のペダルを全力でこぎながら滑走した。
  前輪に草が絡まって、後輪がふわっと浮いたとおもったら、
 自転車が宙を舞い、1回転した。
  僕は自転車から振り落とされて背中から地面にたたきつけられた。
  つぶった目を開けたら、自転車が顔めがけて降ってきた。
  すんでのところでかわすことができた。

  など。

  "うな"ちゃんは、笑いながら聞いてくれた。

  小学生のときのもっと強烈な話もあったが、それはやめといた。

  3時半頃、鴨井駅に着いた。
  わりと、のどかな街並みだ。
  今日は薄曇りで、日差しは強くない。

  「いいところね。」と"うな"ちゃんが言った。
  「ほんとだね。」と僕。

  "なこ"さんのアパートに向かう途中、肉屋があったので、
 コロッケとメンチカツを3個ずつ買う。

  4時頃"なこ"さんのアパートに着き、"うな"ちゃんはドアをノックした。
  ドアが開き、"なこ"さんは"うな"ちゃんの顔を見て
  「いらっしゃい。久しぶり。」と笑顔になった。
  うしろにいる僕を見つけて、「まあ、"むる"くんも一緒なの。」
 と目を丸くした。
  すぐに、「なつかしいわ。」と言って歓迎してくれた。
  僕は「へへっ」とちょっと照れた。

  "なこ"さんは、ぱっと見、古風な感じだが中身はギャルだ。

  部屋に入って、ちゃぶ台を囲んで座る。
  "なこ"さんは、とりあえず、お茶をいれてくれた。
  "なこ"さんは保育園に勤めていて、本来5時までの勤務だが、
 今日は早退してくれたそうだ。

  "なこ"さんと"うな"ちゃんは、どうしていたかなどを報告しあった。
  "なこ"さんは、最近やっと仕事に慣れてきて、だんだん楽しくなってきた、と言う。
  "なこ"さんは元気そうだ。

  「"むる"くんは今度卒業だね。」と"なこ"さんが言う。
  「いや、あのその。」と僕はすこし、もごもごしたあと現状を話した。

  「あら、まあ。」と"なこ"さんは、あとの言葉が続かない。
  「ほんと、なんとかして。」と"うな"ちゃんが言った。
  僕の心にすごく響いた。

  "なこ"さんは働き始めて一年半ぐらい経っているからか、すこし大人びたようだ。
  なんか差をつけられたような気がして、僕も頑張らなきゃ、と思う。

  "なこ"さんは「子供って可愛いわよ。大変なこともいっぱいあるけど。
  わたしも子供欲しくなっちゃった。」と言う。
  僕にはまだその感覚は分からなかった。
  "うな"ちゃんは「はやく保育園で働きたいわ。」と言って目を輝かせた。

  5時半を過ぎてご飯どうしよう、となった。
  さっき、コロッケとメンチカツは渡しておいたので、
  "なこ"さんは、「じゃあ、マカロニサラダを作るわ。」と言って作り始めた。

  6時半頃になって、ご飯も炊けて、ちゃぶ台におかずが並べられた。
  缶ビールを1本だけあけて、それぞれのコップに注ぎあい、
 再会の乾杯をする。

  ビールは相変わらず苦かったが、最近はちょっとだけ
 おいしいかもと思うようになった。

  "なこ"さんは、コロッケとメンチカツを指さして、
  「あそこの肉屋さんのは、すごいおいしいのよ。
  夕方過ぎると売り切れちゃうことが多いの。」と言う。
  "うな"ちゃんと僕は正解だったね、と顔を見合わせた。

  "なこ"さんのマカロニサラダは超うまかった。
  「なんか、コツがあるの。」と"うな"ちゃんが聞くと、
  "なこ"さんは「きゅうりと人参をきざんでマヨネーズであえただけよ。」と答えた。
  「ふーん、そうなの。」と"うな"ちゃんは、あまり納得していない。

  僕は、ご飯をおかわりした。

  "なこ"さんと"うな"ちゃんは学生のときの話題で話が盛り上がった。
  "なこ"さんは、「2年間はあっという間だったわ。」と何回も言った。
  寮の仲良しメンバー内ではときどき、僕のことが話題になったそうな。
  僕は東北出身でちょっとなまっていたので、僕の変なイントネーションを
 真似して喜んでいたとか。

  そう言えば2年生の後半に"なこ"さんと"いこ"ちゃんが僕たちの寮を
 見学に来たことがあった。
  僕たちの寮はいつ建てたのか分からないような古い木造の2階建てで
 階段をのぼると揺れるようなぼろっちいものだった。

  "なこ"さんは「あれは衝撃的だったわ。」と言う。
  女子寮に帰ってみんなに話したら、だいぶ話題になったらしい。
  "うな"ちゃんも「その話、おもしろかったわ。わたしも見たかった。」と言った。

  僕が「男だけの寮だから臭かったんじゃない。」と言うと。
  「そうね。ふふ。」と"なこ"さんは思い出したみたいだ。

  ところで、その寮はもうすぐ取り壊しになるそうだ。

  あっという間に11時ぐらいになってしまった。

  "なこ"さんは、明日は土曜日だけど、午前中だけ仕事があるそうだ。
  まだ、話していたかったが寝ることにした。

  "なこ"さんの部屋は6畳ひと間だ。
  家具がそれほどなかったので、余裕で3人分の布団を敷くことができた。
  敷布団をふたつとマットレス一枚を敷いて3人分の寝床にする。
  "うな"ちゃんが真ん中に寝た。


3日目
  "なこ"さんの家で目を覚ました。時計を見ると7時を過ぎている。
  身を起して見渡すとふたりはすでに身支度をしていた。

  "うな"ちゃんは"なこ"さんを送ってくるという。
  まだ布団に座っている僕に、
  「そのまま寝ててね。」と耳元で囁いた。

  "なこ"さんは、「お昼に戻ってくるから一緒にご飯食べよう。」と言い、
 ふたりは部屋を後にした。

  「そのまま寝ててね。」って言われても、そうはいかない。

  僕は布団を押し入れにしまい、歯磨きして、"うな"ちゃんの帰りを待つ。
  30分もたたずに、"うな"ちゃんは戻ってきた。

  部屋に入ると、すぐに、僕の顔を見て、
  「なんで布団たたんじゃうのよ!」と強めに言い、
  もう一度布団を敷き始めた。

  ええーっ、とちょっとあっけにとられたが、一緒に自分の布団をもう一度敷いた。
  "うな"ちゃんはすぐに布団にもぐり込んだ。
  すこし、とまどいながら、僕も布団にもぐり込む。

  二晩続けて、女の子と一緒に泊まったので、やはり寝不足だ。
  僕はすぐに眠ってしまった。

  2時間近く眠っただろうか。僕は目を覚ました。
  横を見ると、"うな"ちゃんが僕を見つめている。
  どきっとした。
  30センチぐらいの近さに"うな"ちゃんの顔がある。

  やさしい顔だった。

  ちょっと身を寄せればくっついてしまいそう。
  いろんなことがとめどなく頭の中を駆け巡る。

  こんな僕でいいの・・。

  "うな"ちゃんが愛おしい。感情が沸き上がってくる。

  ヤバッ、体が勝手に反応してしまった。
  仰向けでいられない状態になっている。
  急いでうつぶせになった。

  経験がないので、どうしていいか分からない。

  しばらく、"うな"ちゃんと僕は見つめあっていた。

  おおいかぶさって、むしゃぶりつきたい衝動に幾度も襲われた。
  必死でこらえる。

  すこしずつ落ち着いてきた。

  僕は"うな"ちゃんの頭を撫でて、「ありがとう。」と言う。
  自分が情けなかった。

  "かぶ"みたいに、将来を約束できればいいのに。

  やっと状態が収まり、僕は上半身を起こした。

  何を言えばいいのか分からない。
  それでも、絞り出して、「"うな"ちゃんが大切だ。」とだけ言った。

  僕は、布団から出てあぐらをかいて座る。
  "うな"ちゃんが、ちらっと僕の股間を見たのが分かった。

  "うな"ちゃんは立ち上がって、なんかもじもじしている。
  「どうしようかな。」と困ったよう感じだ。

  僕は、「どうしたの。」と聞いた。

  "うな"ちゃんが言った。
  「女の子はいろんなとこがうるむのよ。」

  僕は、ちゃんと分からなかった。

  ふたりは布団をたたんで、ちゃぶ台に向かい合って座った。
  「お茶でも飲もうか。」と"うな"ちゃん。
  僕は、台所にあるやかんに水をいれて火にかけた。

  少し話しているうちに、やかんの口から湯気がのぼってくる。
  僕が火を止めようとすると、
  「まだよ、まだよ。」と"うな"ちゃんが言う。
  僕は「そうお。」と言って待っていると
  お湯が強烈に沸騰してやかんがカタカタ言い始めた。
  「いいわよ。」と、"うな"ちゃんが言った。

  ふたりでお茶を入れて飲んだ。

  やかんのお湯が少し落ち着いたところで、一回、湯飲みにお湯を注ぐ。
  ちょっと温度が下がった湯飲みのお湯を、茶葉を入れた急須に入れる。
  少し待って、湯飲みにお茶を注いだ。

  うまかった。
  "うな"ちゃんも、おいしいねと言ってにこにこしている。
  ほっとした。

  ふたりはいろいろ話をした。

  "うな"ちゃんは、親に、商社の事務の仕事を進められていると言う。
  でも、それは嫌なんだとか。教育にかかわる仕事がしたいらしい。

  僕はというと、ようやくまともに勉強するようになり、
 少し自信を取り戻してきたところだ。
  卒業まであと2年もある。

  そうこうしているうちに、昼近くなった。
  「帰ろう。」と"うな"ちゃんが突然言った。

  「えっ、"なこ"さんを待たないの。昼に帰ってくるって言ってたじゃない。」と言うと、
  「うん、帰っちゃお。」と言う。
  そうなの、と思ったが、従うことにする。

  "うな"ちゃんは何かメモを書いて、ちゃぶ台の上に置いた。
  ふたりは部屋を出て、ドアに鍵をかけ、鍵をポストに入れる。

  「中華街で食事でもしようか。」と話しながら、駅に向かって歩いた。
  少し歩いたところで、"なこ"さんが急いで歩いてくるのが見えた。
  気まずい。

  "なこ"さんは、ふたりに気がついて不満げに「帰っちゃうの。」と聞いた。
  「ちょっと予定が早まって、帰ることにしたの。」と、ケロッとして
  "うな"ちゃんは言う。
  僕は心の中で「うーむ」とうなった。

  「じゃあ、一緒に食事しよう。」と、"うな"ちゃんが言い、
  駅の近くまで行った。
  洋食屋さんがあったのでそこに入る。
  "なこ"さんは、「もう少し居ればいいのに。」としきりに残念がった。
  僕は、なんだかすまない気持ちになる。

  それぞれ注文したものを食べながら、1時間ぐらいおしゃべりをした。

  食事が終わって、僕たちは駅に向かうことにした。
  "なこ"さんは、駅まで見送ると言い、駅まで一緒に歩く。
  駅で、"うな"ちゃんは「また会おうね。」と"なこ"さんと約束して
  僕たちは駅の改札を通った。
  "なこ"さんは、ぼくたちが見えなくなるまで手を振っていた。
  僕たちも何回も振り返りながら電車のホームに向かう。

  「ごはん食べちゃったから、山下公園にでも行かない。」と
  "うな"ちゃんが提案した。「うん、そうしよう。」と僕。

  山下公園をふたりでぶらぶら歩く。風がとても気持ちいい。
  僕は懐かしいような甘く切ないような気持になった。
  ふたりでいるのがとっても自然で心地よい。

  足元にドッジボール用のボールが転がってきた。
  ボールを拾って、取りに向かってきている子供に軽く投げた。
  その小学生ぐらいの子はキャッチして「おじさん、ありがとう。」と言う。
  僕は軽くずっこけた。
  まだ、21歳なのに、小学生から見ればおじさんなのか、と
  "うな"ちゃんと顔を見合わせて笑った。

  そのとき"うな"ちゃんは遠目にアイスクリーム売りを見つけ、
  「あれ食べよう。」と小走りになる。
  だいぶ離れてきたので追いつこうと僕も走った。
  勢いよく走りすぎて"うな"ちゃんを追い抜く。
  けっこう行き過ぎてしまい、止まって振り返った。

  太陽を背にして"うな"ちゃんが輝いている。

  "うな"ちゃんに照らされて、
 僕は、からだも心も"うな"ちゃんに包まれたような気がした。
  すべてが"うな"ちゃんで満たされていく。

  アイスクリームを買って歩きながら食べる。
  さっきから、すべてが溶け合ってしまったような
  ふわふわした不思議な感覚を味わっていた。
  "うな"ちゃんと一緒にいるだけで幸せな気分。
  このままずっと続けばいいのに。

  今日の夜はもう一緒じゃないのか、さみしい。
  "うな"ちゃんは東京にいる友達のところに泊まる予定らしい。

  それから、しばらく散歩して、そろそろ帰る時間になった。
  じゃあ帰ろうか、と石川町駅に向かって歩いた。

  駅までの道すがら、
  「楽しかったわ。"むる"くん、また会おうね。」と"うな"ちゃんが言った。
  「うん、きっとね。」と僕。

  駅について切符を買う。
  僕は京浜東北線の東十条までの切符を買った。
  すると"うな"ちゃんも東十条までの切符を買った。
  「なんで。」と僕。
  "うな"ちゃんは、「一緒に東十条まで行ってそこで別れる。」と言う。

  ちょっと不思議だった。
  "うな"ちゃんは、途中で乗り換えるとばかり思っていた。

  それなら、僕が"うな"ちゃんを送っていくべきじゃないかと思うが、
  "うな"ちゃんの思う通りにすることにしよう。

  ふたりで電車に乗り、楽しく話しているうちに、
 だんだん降りる駅が近づいてくる。
  僕はドキドキし始めた。
  このまま、"うな"ちゃんと別れたくない。

  "うな"ちゃんが、何か話しているが、ちゃんと頭に入ってこない。
  どっきん、どっきんと胸の鼓動が聞こえる。

  意を決して、「僕んちに泊まって。」と言った。
  "うな"ちゃんは戸惑った顔をした。
  「もう少し一緒にいたい。」"うな"ちゃんの顔をまっすぐに見つめて、僕は言った。
  "うな"ちゃんは決意したような表情を見せたあと、にこっとして、
  「いいわよ。」と言った。

  僕は飛び上がらんばかりだ。
  せめて、"うな"ちゃんを抱きしめてから別れたかった。

  十条駅についてふたりで僕のアパートに向かう。
  僕は、有頂天だった。
  アパートまでは10分ちょっとだ。

  「もう少し行くと、うまい惣菜を売ってる店があるから、買って行こう。」と
  僕はうきうきしながら言った。
  "うな"ちゃんも「美味しいもの食べたいね。」と、にこっとした。

  アパートまであと半分ぐらいまで来たとき、
  「ああーっ。」と僕は声を上げた。
  「どうしたの。」と"うな"ちゃんが僕を見る。

  なんてこった。
  弟の"もゆ"が大学受験の下見のため、今日来ることになってたんだ。
  天国から地獄とは、このことだ。

  携帯を見ると、5時半頃から数件、連絡が入っていた。
  全く気が付かなかった。

  そのことを"うな"ちゃんに告げると、
  「ばかにしてない。」と言う。
  泣けてきた。なぜ忘れる。
  僕は、平謝りに謝った。
  "うな"ちゃんは、すぐに気持ちを切り替えたようだった。すごい。

  途中で弁当を3個買って、7時過ぎにアパートに着いた。
  ドアを開けると部屋に"もゆ"がいた。
  「何してたんだよ。」"もゆ"が言う。
  「ごめん、いろいろあって。」と僕。
  "うな"ちゃんが、あとから入ってきたので、"もゆ"もそれ以上は言わなかった。

  「どうやって部屋に入ったん。」と聞くと、
 大家さんに事情を話して開けてもらった、と"もゆ"。
  僕が事前に、弟が来ることを大家さんに話しておいたので、
 すぐに開けてくれたらしい。

  "もゆ"は珍しそうにじろじろと"うな"ちゃんをなめるように見る。
  「そんな失礼な見方すんじゃねえ。」と僕は言った。
  「だって。」と"もゆ"。
  「仕方ないわよ。」と"うな"ちゃん。

  3人で弁当を食べながら、いきさつを話す。
  "もゆ"は興味深げに聞いていた。
  そのうち、社交的な"もゆ"はべらべらとしゃべり始めた。

  僕はこの数日のことを思い返しながら、うわのそらで聞いていた。
  あーあ、これで終わっちゃうのか。
  これは現実のことだったのかな。いろんなシーンが頭をよぎる。

  ひとしきり話して、結構いい時間になった。
  そろそろ寝るか。なんと"うな"ちゃんと一緒に3泊めだ。

  4畳半ひと間だけど布団は二組あった。
  布団と布団の間に隙間ができないようにシーツと毛布を重ねて敷いて、
  僕が真ん中に寝る。

  布団に入ってしばらくたってから、"うな"ちゃんが頭をくっつけてきた。
  僕も頭をくっつけようとしたら、勢い余って、
  ぐりぐりする感じになってしまった。

  "うな"ちゃんは、すっと頭を引く。
  僕はもう一度、今度はやさしく頭をつけた。"うな"ちゃんもくっつけた。
  なんだか幸せ。

  真夜中になって"うな"ちゃんと僕は頭をくっつけあって眠った。


お話のページに戻る